漢方治療の導入にあたって
わたくしが学生の時は、まだ東洋医学を教えるというシステムは大学内には存在せず、医師になりたての頃は「 感冒には葛根湯 」という知識程度で仕事をしてまいりました。すなわち、その方の体質(証といいますが)などを考えるのではなく、西洋医学的な病名に照らし合わせての診断名ありきの処方で、はずかしながら加療をしておりました。その後、大学病院や大きな総合病院で仕事をさせてもらっていた時期は、やはり西洋的治療が中心であり、それほど漢方をつかうということは多くなく、漢方に対する興味はそれほどありませんでした。のち、大きな病院勤務からクリニックという仕事場に変わってきた際に、西洋的な薬では治らない、よくならない方をたくさんお見受けするようになりました。こうした方々は様々な検査などを行っても明らかな器質的な疾患がなく、機能性の問題で生じることが多く、いわゆる総合病院などでは不定愁訴、自律神経障害、自律神経失調症などとして、あまり言ってはいけないのかもしれませんが、しっかりとその症状、痛みなどを医療スタッフに受け入れてもらうことができない傾向があったと確信します。わたくしもそうした傾向をもっていたと恥ずかしながら感じております。
漢方の凄さを知る
11年前に綱島の井上胃腸内科クリニックで仕事を始めた際に、どうしても喉の違和感、つまり感の取れない方がいらっしゃいました。 胃カメラをしても、耳鼻科で喉頭鏡を行ってもらっても、全く異常を認めず、その頃、覚えたての柴朴湯という漢方を処方してみたところ、すっきりと症状が消失して喜んでいただけました。これには処方した私もびっくりしました。また、元来若干パニック発作などの症状を伴いやすい女性の方がいらしたのですが、生活に疲れてしまって、最愛の方との死別などもあり、悲しみの中にずっと入り込んでいる方がいらっしゃいました。お話を伺うと突然涙があふれてしまい、自分でコントロールすることができないといわれたため、少しその方の体質を考えたうえで、甘麦大棗湯という漢方を処方させてもらったところ、翌週には考えられないような明るいお顔で外来にこられたのを覚えております。その漢方の力をまざまざと見せつけられました。
漢方には医療の本質に近い優しさがあります
漢方にはわたしたちのからだに備わっている自然治癒力をたかめる効果があり、それによって体を整えていくことが基本とされております。また、漢方の本質には、大自然の陰で働いている大いなる力の存在に対して、敬意や畏敬の念をもちつづけること、そして自然界の声に耳を澄ませるという自然との一体感が大切であるという教えがあります。これはまさに私自身が考えている真理に近いものがあり、そこから漢方の魅力にとりつかれてしまいました。
漢方には温める効果がある
自然との一体感と上述しましたが、これは西洋医学にはない考え方です。これは、心と身体はひとつのものととらえる、心身一如という概念です。決して検査などの結果では全くわからない、解くことのできない、心身のバランスの乱れから心身の不調を伴うものとされ、漢方はこのバランスを調整する薬であると考えられます。
西洋的な薬は攻めがメインなのですが、漢方には補うことができます。また、特に身体を温めるという効果は漢方のみです。ここが漢方の非常に面白いポイントだと強く感じております。
漢方にも副作用はあります
漢方は自然の生薬でつくされており、何世紀にもわたって使用されているため、基本的に安全性は高いと考えて良いのですが、完全に安全とはいいきれません。特に、一番有名なものは甘草という成分は1日の摂取量が2.5から3gを超えると要注意とされております。この甘草を多量に摂取すると、むくみや高血圧症を呈するなどの偽性アルドステロン症という病気を引き起こすことが知られています。漢方薬を複数飲む場合は甘草が重なることが多いので特に注意が必要となります。 西洋的な医学的加療でなかなか状態が改善を示さない場合は、あわせて東洋医学的診察を開始として、漢方の導入を考慮させていただけると幸いです。あなたの身体にあった、症状を緩和させることができる漢方を処方させていただければ幸いです。相談させていただきたいと思います。